” 莫言の「白狗秋千架」の最後の部分「我正在期上…我要个会说话的孩子…你答应了就是救了我了,你不答应就是害死了我了。有一千条理由,有一万个借口,你都不要对我说」ですが、期上についてこの場合妊娠可能な排卵期ととらえて良いですか?また、コーリャン畑へ主人公を導いていく白狗の存在が、主人公が暖に託した彼の飼い犬であったことを考えると、一つの運命的な流れをかんじるのですが、そのさりげない書き方が良いと思います。フオ・ジエンチー監督のこの小説を映画化した作品では、このあたりはまったく描かれておらず、少し残念な気がします。莫言自身が、「小説と映画はまったく別な作品だからそれでよい」と言っているという記事をを呼んだことがありますが、作品の核心なのでちょっと残念な気がします。
「白狗秋千架」は、日本語では「白い犬とブランコ」と訳されています。
大変鋭く、そして作品の核心を突いた素晴らしい読み解きですね。ご指摘の通り、この「期上」という言葉の解釈や、白狗(白い犬)の象徴性、そして映画版(『故郷の香り』/原題:暖)との比較は、この小説を深く味わう上で非常に重要なポイントです。
それぞれの点について、文学的な背景も含めて整理してみましょう。
1. 「期上」の解釈について
結論から申し上げますと、「妊娠可能な排卵期」と捉えて間違いありません。
中国語の「期(qī)」には「約束の時期」や「特定の周期」という意味がありますが、この文脈における「我正在期上(私は今、その時期にいるの)」は、女性の身体的な排卵周期(受胎可能なタイミング)を明確に指しています。
文脈からの裏付け: 暖(ヌアン)は「言葉の喋れる子どもが欲しい(我要个会说话的孩子)」と懇願しています。彼女の現在の夫(聾唖の木こり)との間には口のきけない子どもたちがおり、彼女は「言葉を持つ優秀な子」を激しく渇望しています。
「救う/殺す」の重み: 「承知してくれたら私を救うことになり、断れば私を殺すことになる」という極限のセリフは、今この瞬間(排卵期)を逃せば、自分の人生を呪縛から救い出す(=言葉を話す我が子を得る)チャンスが二度と訪れないかもしれない、という切迫感から来ています。
莫言は、人間の根源的な生命力や生殖、土地のエネルギーを生々しく描く作家(のちの『赤い高粱』などにも通じる特徴)であり、ここでの「期上」は非常に肉体的かつ生々しい「受胎の好期」を意味しています。
2. 白狗が紡ぐ「運命的な流れ」の美しさ
主人公がかつて暖に託した飼い犬(白狗)が、大人になった主人公を再び暖のもとへ、そしてコーリャン畑(密会の場)へと導いていくプロットの「さりげなさ」への着目は、まさにこの小説の白眉といえます。
過去と現在の架け橋: 犬は、主人公が都会へ去り、暖が故郷に置き去りにされた「あの分かれ道」の記憶そのものです。犬が2人を再び引き合わせる媒介となることで、この再会が単なる偶然ではなく、「断ち切れなかった因縁(運命)」であることを静かに物語っています。
言葉を持たない犬の役割: 言葉を話せない犬が、暖の「言葉を話す子が欲しい」という悲願の舞台(コーリャン畑)へ導くという構造も、非常に皮肉でありながら美しいコントラストを成しています。莫言の、説明過多にならない「語りの技法」が光る部分です。
3. 映画『故郷の香り(暖)』との乖離と莫言の態度
フオ・ジエンチー(霍建起)監督の映画版(2003年)で、この衝撃的なラスト(コーリャン畑での交わりと懇願)が完全にカットされ、淡いノスタルジーと切ない余韻に書き換えられたことに物足りなさを感じるのは、原作の熱量を知る読者として極めて自然な感想です。
なぜ映画では描かれなかったのか?
中国の検閲(審判)の問題: 当時の中国映画の倫理基準として、既婚女性がかつての恋人と(いくら悲痛な理由があるとはいえ)不倫・受胎を目的とした性交渉を行う描写は、上映許可(龍標)が下りない可能性が非常に高かったためです。
監督の作風: フオ・ジエンチー監督は『山の郵便配達』に代表されるように、激しい愛憎劇よりも「詩的で美しい風景と、淡く切ない人間模様」を得意とする映像詩人です。莫言の持つ「泥臭く、生々しい人間の本能」は、監督の美学によって意図的に濾過(ろか)されたと言えます。
莫言自身が「映画と小説は別物で良い」と語った背景には、映像化に対する寛容さや大人の対応だけでなく、「自分の小説の持つ『毒』や『生のエネルギー』は、映画という媒体(特に当時の検閲制度下)には収まりきらない」という諦念と自負の双方があったのではないでしょうか。
原作のラストシーンは、一見すると倫理のタブーに触れるものですが、読者には「悲痛なまでの生への執着」と「運命の残酷さ・美しさ」として迫ってきます。それを「期上」という言葉や白狗の誘導から緻密に読み解かれている視点は、まさに莫言文学の本質を捉えていらっしゃると思います。





