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桜の花が散って、周囲の木々も緑が深まってきました。私がパイプハウスを作った畑の周囲には、ケヤキの大木がたくさんあって、一斉に芽吹いてきました。眺めていると、自然の躍動を肌で感じることができます。
このケヤキの芽
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吹きを眺めていたら、『欅の芽立』という小説の題名がなぜか頭に浮かんできました。中野重治の『村の家』などと一緒に収まった本に入っていた記憶があるので、戦前のプロレタリア文学のひとつだと思いますが、内容はまったく思い出せません。何しろ40年以上も前に読んだものですから。
でも、ケヤキの芽吹きから、昔若い頃に読んだことのある小説の題名が思い出されるなんて、人間の記憶の構造も不思議なものなのだなあと感じたのでした。